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古墳(こふん)時代【紀元300年ごろ〜750年ごろ】


 このころから、狭山市でも米作りが盛(さか)んになり、たくさんのお米がとれるようになって暮(く)らしやすくなったんだ。また、王様など力が強い人たちは、大きなお墓(古墳:こふん)を作って、自分の力の強さをまわりに見せつけるようになったんだよ。

記号

上広瀬古墳群(こふんぐん)から出土品(しゅつどひん)の一部市内には、笹井(ささい)の「笹井古墳群(ささいこふんぐん)」や上広瀬(かみひろせ)から柏原(かしわばら)にひろがる「上広瀬古墳群(かみひろせこふんぐん)」、入間川(いるまがわ)の「稲荷山公園古墳群(いなりやまこうえんこふんぐん)」などがあるんだ。平成元年(1989)には、上広瀬古墳群の調査(ちょうさ)を行い、刀やガラス製(せい)の小玉(こだま)などが発見されたんだよ


 
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