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逃げ水の里

更新:2011年3月1日

画:逃げ水の里

 むかしのお話です。
 入間地区の水野(みずの)の方に「逃水(にげみず)」という地名が今も残っております。このあたりは一面の荒野で、入間川から遠くはなれておりますので、たいへん水にはこまっておりました。水があまりに少ないために、畑の仕事がおわって帰ったときなどは、青草を刈っておきまして、その草の(たば)で手足のドロを落とし、米のとぎ汁を集めてフロにしたり、それはもう水に不自由したといわれます。
 そのため七曲井(ななまがりのい)堀兼之井(ほりかねのい)のような深い井戸をほったあとが、今も残っております。
 「所沢」のことをまだ「とろろ沢」といったころ、旅人がとろろ沢の方へ行くために、この地を通りかかりました。その日は暑くて、とてものどがかわきました。ところが旅人は、あいにくと水入れを持ちあわせていなかったとみえ、あたりに水はないものかと見わたしました。と、はるか雑木林のすそのの方に、水の流れが見えます。よろこんだ旅人は、かけ出してその水に近づきました。するとどうでしょう。さっきのところに水はなく、どんどん遠くにはなれて行きます。いくらおっかけても、水は遠くにしか見えません。走りつかれた旅人はすっかりあきらめ、フラフラになってとろろ沢の方へ走って行きました。
 そして、この話が広まり、いつか逃水の里といわれるようになったということであります。
 この逃水については、蒸気説、陽炎(かげろう)説、蜃気楼(しんきろう)説などがあり、武蔵野の逃水といわれて有名になり、古歌にもしばしば読まれております。

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狭山市入間川1丁目23番5号
電話:04-2953-1111
FAX:04-2954-6262

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