清水八幡宮

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更新日:2011年3月1日

清水八幡宮


祭神・清水冠者義高(しみずのかじゃよしたか)は、木曽義仲の子として比企郡大蔵に生まれ、6歳の時伯父源頼朝に人質として鎌倉に呼びよせられ、成人になるや娘大姫の婿となり鎌倉営中に住まわせられていました。
その後、父義仲が頼朝と不仲になり誅滅した後、義高も頼朝に疑いを受け謀殺されるとの風評に、変装して寿永3年(1184)4月21日払暁奥州の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)をたよりに逃げましたが、すぐ頼朝の知るところとなり、途中当地入間川八丁の渡し付近で藤内光澄によりついに殺害されました。
頼朝の妻政子と大姫がこの悲報に嘆き、また畠山重忠等の進言により無実なことが明らかとなり、当地に壮麗な清水八幡宮の社殿を造営し、政子自ら参拝し義高の霊を慰め、かつ神田を寄附されたといいます。
しかし、後の応永9年(1402)8月の大洪水ですべて流失し、後年川原より石祠が発見され、現在の場所に鎮座し再建されました。
清水八幡は市指定文化財で、毎年5月の第3土曜日に大祭が行われます。

  • 祭神:清水冠者義高(しみずのかじゃよしたか)

場所

所在地
狭山市入間川3丁目35番付近
清水八幡宮

関連項目

指定文化財

歳時記

民話・伝承

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2953-1111

FAX:04-2954-8671

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