市勢概要

狭山市のプロフィール

将来像:緑と健康で豊かな文化都市

狭山市中心部航空写真

つつじは、市内の山野に多く自生しています。また、古くから稲荷山公園のつつじとして、親しまれた花であることから、市の花として決まりました。

茶の木は、市の印象づけに一番ふさわしい常緑低木です。また、狭山茶は鎌倉・室町時代から銘園5場の一つとして名声をうたわれ、古くから市民が愛着を持ちつづけているところから、市の木として決まりました。

おながは、市内に一番多く見られ、林の中に群れをなしていますが、庭園や人家付近の立木にもよくきます。また、尾の長い姿や色が優美なところから、市の鳥として決まりました。

狭山市役所

市の位置と面積(位置は狭山市役所)

東経

北緯

面積

標高

139度24分47秒

35度51分8秒

48.99平方キロメートル

77.196メートル

狭山市民憲章

わたくしたちは、入間道(いりまじ)の昔から、武蔵野の大自然と入間川の清流にはぐくまれた狭山の市民です。わたくしたちは、郷土を愛し、誇りをもって緑と豊かな近代都市を築くため、ここに憲章を定めます。

 1 秩序と規則を守り、平和なまちをつくりましょう。
 1 教養を深め、文化の高いまちをつくりましょう。
 1 自然を愛し、きれいなまちをつくりましょう。
 1 勤労を尊び、健康で豊かなまちをつくりましょう。
 1 人権を重んじ助け合い、明るいまちをつくりましょう。
昭和49年10月26日制定

狭山市歌

狭山市歌の画像

「狭山市歌」は、市政施行20周年記念式典の席上で発表されて以降、現在でも式典やイベントなどで多くの市民の方に親しまれています。また、次のPDFファイルをダウンロードし、お使いいただけます。

緑と健康で豊かな文化都市

狭山市は、南西から北東へ向かう入間川とその低地を挟んで北西側は入間台地、南東側は武蔵野台地です。武蔵野台地北西端に国道16号、並行する西武新宿線は中心市街地のある狭山市駅で、狭山市駅を通り川越と所沢を結びます。

狭山市は入間市、所沢市とともに「狭山茶」の主産地です。また、明治9年(1876)県内初の機械製糸工場、後の暢業社が上広瀬村に創設され、群馬県富岡や福島県二本松と並ぶ国内屈指の優等品を生産する製糸工場となり、外商の手を経て海外にも輸出されました。

昭和13年、南西部から豊岡町(入間市)にかけての地に開校した陸軍航空士官学校は、戦後ジョンソン基地と呼ばれていました。同48年に全面返還され、現在、航空自衛隊入間基地となっています。

昭和37年から40年にかけては、当市域と川越市にまたがる約247万平方メートルの地に川越・狭山工業団地が造成され、自動車製造業をはじめとする企業が操業し、また、同48年には、上広瀬・柏原地区に狭山工業団地が完成しました。平成26年の事業所数は175、従業者数は16,213人で、県内有数の工業都市として発展し続けてきました。

当市は都心からも近く、その利便性と優れた環境、立地条件などから、昭和50年代には二つの住宅団地が完成し、住宅の建設も増え、人口も急増しました。そのなかで、当市が力を注いできた事業の一つに都市公園整備があります。自然そのままの森林と整備された菖蒲園、公共施設が点在する智光山公園、芝生と桜が見事な県営狭山稲荷山公園、自然林に囲まれた赤坂の森など。

平成29年現在、都市公園は32か所、街中の身近な公園などを含めると194か所。うるおいを提供し、イベントなどの開催や災害時には避難場所などにも利用することができます。
緑の多い生活空間、快適でうるおいのある生活環境など、狭山市は今、緑の快適都市です。