令和8年狭山市二十歳の集い 各中学校代表による「二十歳の主張」

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更新日:2026年2月9日

令和8年狭山市二十歳の集いにおける、各中学校の卒業生代表による「二十歳の主張」を掲載しています。

中央中学校代表「二十歳の主張」

私はこの場で、「自由の裏にある責任」についてお話ししたいと思います。
昨年6月に20歳を迎えた私は、8月に8日間の国内一人旅をしました。最初に向かった香川県の佐柳島は、人口約40人に対して100匹以上の猫が暮らす「猫の島」と呼ばれる場所です。当初は2時間滞在する予定でしたが、突然の船の欠航で、猛暑の中、5時間半も島に留まることになりました。私は軽度の猫アレルギーがあり、携帯は圏外。まさに孤立無援の状況でしたが、島には飲み物を買える場所がないと事前に調べていたため、十分な水と食料を持参しており、無事に過ごすことができました。
旅の終盤、伊豆諸島の新島では最終日に39℃の高熱を出しました。島の診療所では島民以外の発熱外来はすぐに受診できず、私は船の運行会社に事情を伝えて個室を確保していただき、7時間かけて東京へ戻りました。その後、新型コロナウイルス感染症と診断されました。
猛暑の孤島で耐え抜いた時間と、離島で高熱を抱えながら帰ってきた経験は、自由に行動するという選択が、その一方で「自分を守る判断力」と「予期せぬ出来事に自分で向き合う力」を求められることを教えてくれました。誰かに守られているだけではわからなかった、自由の裏にある責任を、私は旅の中で初めて実感しました。
しかし、これは私だけの話ではありません。
20歳を迎えた、あるいは迎える私たちは、これからそれぞれの道で、喜びも困難も、自分の選択として受け止めていくことになります。だからこそ私は、これからも新しい世界に踏み出し、多くの経験を重ね、より大きな自分へと成長していきたいと思います。
そして同じ時代を生きる仲間として、皆さんとともに、新しい経験を恐れずに未来へ歩み続けていけたら嬉しいです。

入間川中学校代表「二十歳の主張」

皆さん突然ですが今日親に感謝を伝えたでしょうか。伝えてない人はこの式が終わってからでも伝えて欲しいなと思います。僕たちがここまで大きく立派に育ち無事に二十歳を迎え、今皆さんが着ているかっこいいスーツ、可愛らしい振袖はきっと僕たちがこの晴れ舞台をかっこいい姿、かわいい姿で迎えてほしいという思いを込めて一緒に見にいってくれたりして準備してくれたと思います。
そして、僕は親にたくさん迷惑をかけたり喧嘩もして、早く一人暮らしをしたいなと思っていた時期もありました。皆さんも一度はそういった経験があるかなと思います。
僕たちをここまで立派に育ててくれた親に今度は僕たちがお返しする番だと思います。この式が終わったら感謝の言葉を伝えましょう。僕も言った本人なのでしたいと思います。周りにいる友達にもさせたいと思います。今日は恥ずかしがらず、たくさんの愛と感謝を今日この日にぶつけましょう。
そして自分事ではあるのですが、僕には大きな将来の夢があります。それは、自分のアパレルブランドを立ち上げ有名になり、このお世話になった狭山市の地をあげることです。この場で宣言をしたからには必ずやり遂げます。ブランドの名前は「Unfix」です。意味は固定されているものを外すという意味があります。
例えば自分はこのスタイルだからこの服に合わないとか、自分は男でスカートを使ったコーデをしてファッションを楽しみたいけどほかの人の目が怖いなど、世の中のファッションに対して固定された考えにファッションの楽しさを邪魔されている人達にむけて届けたいと思っています。
世の中の固定された考えというのはさきほど話したファッション以外にもたくさんあると思います。ここの大学に進んだのなら就職先はここじゃないと進学した意味がない、高卒は今の社会だときついなどと言っている世の中の固定された考えをもっている大人達が僕たちの可能性をつぶしていると思っています。なにか新しいことに挑戦をしても冷笑されるのが今の日本だと思っています。僕のスピーチを聞いてくださった皆さんにはこの冷笑文化にのらず世の中の固定観念に負けず自分のなりたい姿になってほしいと思います。
最後に僕たちは何者でもなく何者にもなれます。一度きりしかないこの人生後悔が残らないようになりたい姿から目を背けず頑張りましょう。

山王中学校代表「二十歳の主張」

私は今回、このような素晴らしい機会を頂き、自分自身について深く振り返ってみました。
いつもならば、ここで自分の長所を述べていることでしょう。ですが、私はあえて自分の気になる点、すなわち短所について考えてみることにしました。
そこで気付いた私の短所は、「人の目を気にしすぎる」ということです。
気づくと無意識に猫を被っている私がいて、「他人から見える自分」と「本当の自分」との間に、ズレを感じて悩むことがあります。
では、この問題を改善するために、自己主張の強い傲慢な人になるべきなのでしょうか?その答えはきっと「ノー」だと思います。
「人の目を気にしすぎる」という短所は、見方を変えると、「私は周りの状況や感情をよく見れている」という長所にも捉えることができます。
結局のところ、私は自分の長所を話していたのです。
このように、私は物事の裏をかいて考え、人の注目を浴びやすいような話し方をすることが好きです。
しかしながら、実は人の注目を浴びると極度に緊張してしまいます。でも、きっと私は人前に立つのが本質的に得意で、今回もこの場でお話ししているのだと信じています。
私が目指す人物像は、物事を客観的に捉え、数多くの選択肢の中から最善策を選べる、視野の広い人です。
悲観的にならず、常に前向きな人に憧れます。そして、自分の信念を貫き通せる人をすごいと思います。
私のなりたい人物像はあげたらきりがありませんが、理想の高い自分として、家族や友人など、まわりの環境への感謝を忘れずに、まわりの手を借りながらも自分自身を成長させていきたいです。そして、今度は私が、人へ手を差し伸べられるような人間になりたいです。

入間野中学校代表「二十歳の主張」

私は最近、ひとつ気になっていることがあります。それは「人の可能性は無限大なのか、あるいは有限なのか」という問いです。皆さんは、学生時代に「君たちの可能性は無限大だ」と励まされた経験はありませんか。耳にするたびに前向きな言葉だとは思うのですが、同時に本当にそうなのだろうか、と考えてしまいます。
まず有限の立場から考えてみます。理論的に見れば、可能性が無限大になることはあり得ません。私たちの持つ時間も体力も、使える資源も、すべては限られています。人生の中で得られる経験も、選べる選択肢も、現実的には無限とは言い難いものです。また、「無限大」という言葉は確かに夢があって素敵ですが、あまりにも抽象的で、具体性に欠ける印象もあります。できれば、根拠のない励ましをただ並べるだけの大人にはなりたくない、そんな思いすら浮かんできます。
一方で、無限の立場から考えると違う景色が見えてきます。私たちは、「できること」は証明できても、「できない」ことを完全に証明することはとても難しいものです。また、自分の可能性を無限だと信じて行動を積み重ねれば、本当に大きな成果を手にすることだってあります。しかし、無限の可能性があったとしても、それを使わずに放っておけば、その可能性は実質「有限」のままです。
結局のところ、可能性が有限なのか、それとも無限なのか。その問いには、明確な答えはないのかもしれません。ただ一つだけ確かだと言えるのは、「その可能性をどう扱うか」は自分の選択に委ねられているということです。20歳という節目に立った私たちが、限られた時間の中で、自分の可能性をどれだけ「無限に近づけられるか。」その挑戦が、これから始まるのだと思います。

堀兼中学校代表「二十歳の主張」

こうして二十歳の主張を考えるにあたって、改めてもう自分も二十歳になってしまったのだと実感しました。
ここまでの20年間を振り返ってみるとあっという間で、息つく暇もなかったように感じます。放課後友達の家に駆け込んでゲームをした小学校時代も、部活に勉強に生徒会にあれこれと挑戦をした中学校時代も、恐らく日本一暑苦しい男子校で走って泳いで走ってラグビーをしてたまに勉強をした高校時代もすべて昨日のことのように感じます。
これからの人生も同じように放たれた矢のように一瞬で過ぎ去っていくことと思います。そうした中で私たちが若者でいられる時間はもしかしたらもう僅かなのかもしれません。私たちは若者であるうちに、若者であることをできる限り享受し、若者でなくなる準備をする必要があると私は考えます。
こんなことを言っておいて、私たちが若者でなくなるのが25歳の時なのか、30歳の時なのか、上司になった時なのか、家庭を持った時なのか、はたまたもうすでに若者ではなくなっているのか、それがいつなのかは私にはわかりません。しかし、若者でなくなるのがいつであろうとも、私たちが今この瞬間に持っているエネルギーと情熱、未来への可能性は残された人生の中で最も大きいに違いありません。
若者でなくなる準備とは、すなわち、いつか若者ではなくなった未来で、「あの時こうしておけばよかった」と後悔しないために、今を徹底的に生き抜くことに他なりません。放たれた矢が瞬く間に過ぎ去るならば、その一瞬一瞬を強く、太く、鮮やかに刻み込んでいくことが、私たちの使命ではないでしょうか。
私たちは、若者であることを享受します。そして、若者として培った力を持って、年齢や立場に関係なく、いつまでも人生を謳歌し、世界をより良く変えていける大人になる準備を、今、この主張の場から開始するのです。

狭山台中学校代表「二十歳の主張」

二十歳という節目を迎え、私がこれから大切にしたい言葉は「自分らしく挑戦すること」です。振り返れば、自分らしさとは特別な才能や大きな成功ではなく、迷いながらでも選んできた小さな決断の積み重ねで形成されてきました。
例えば中学時代、私は恩師の先生に背中を押されて生徒会長に立候補しました。元々人前に立つのが苦手ではなかったし、意気込んで選挙活動を始めましたが、全校生徒の代表というプレッシャーや責任感で押しつぶされそうになることが何度もありました。ですが、支えてくれる友人や背中を押してくれる家族がいたから乗り越えることができたし、様々な意見を聞いて仲間とともに行事を創り上げる日々は私の世界を大きく広げてくれました。今思えばこれこそが私の「挑戦」の原点でした。
そして大学では、新しい場所で新しい自分に出会いたくて、マネージャーという立場ではありますが体育会部活に入部しました。週に5日、始発の電車に乗ってグラウンドに向かい、オフの日も一日中ミーティングに費やす毎日です。高校生の頃思い描いていた大学生活とは程遠いですが、それでも中学・高校時代の挑戦を経て、誰かに支えてもらうことのありがたみや一生懸命頑張ることの素晴らしさを経験してきたからこそ、前向きに努力を続けられていると感じます。
これから先、完璧を目指すのではなく、自分のペースで一つ一つの挑戦を積み重ねていきたいです。そして、20年間家族や友人から受けてきた優しさを、今度は自分が周囲に返せる大人になれるよう、歩んでいきたいと思います。

西中学校代表「二十歳の主張」

突然ですが皆さんは、地域にどれくらい関心があるでしょうか。人それぞれ、地域との関わり方や距離感は異なると思います。そのどれも間違いではないと、私は思っています。
私が地域活動に関わるようになったのは、自分の周りでもっと世代をこえてつながれる場所があったらいいな、と思ったことでした。
最初に取り組んだのは、高校生が中学生に進路の話をする相談会です。コロナ禍を経て、情報が得やすくなった反面、顔を合わせて学生の声を届けられる機会が減少し、学校を超えた学生同士の繋がりが必要だと考えたためです。地域の方や仲間の高校生に助けてもらいながら、何か月も準備しました。けれど当日来てくれたのは、たったの8人。悔しくて、情けなくて、涙が出ました。でも、帰り際に中学生が「来てよかった」と言ってくれたこと、高校生が「また一緒にやろう」と声をかけてくれたことが、私にとって失敗ではなく、次に繋げる第一歩となりました。
この経験から、今は学生が主体的に地域で活動できる拠点、居場所づくりに取り組んでいます。活動を通して感じたのは、人は“居場所を一つだけ”に頼ると、苦しくなることがあるということです。家庭や学校、部活やアルバイトなど、どれも素敵だけれど、必ずしも居心地がいいとは限りません。だからこそ、自分が「ここにいていい」、そう思える場所を一つより二つ、三つと持つことで、そこで出会う人の価値観に触れ、自分の存在意義を自然と感じられるのだと思います。
これから地域を担っていく私たちが、どこで生きるとしても、自分のペースで地域と関わりながら、自分の居場所だと思える場所を見つけられたら嬉しいです。
そしていつか、地域の未来があたたかくゆるやかな繋がりで溢れることを心から願っています。

柏原中学校代表「二十歳の主張」

大学に入ってからの毎日を振り返ると、決して順風満帆だったとは言えません。
思い描いていた大学生活とは少し違った部分もあり、戸惑ったことや、思うようにいかなかったことも多くありました。
それでも今振り返ってみると、迷いながら、立ち止まりながらも、自分なりに前に進んできたという実感があります。
私は大学では法学部で法律を学びつつ、いくつかのサークルにも参加してきました。
新しい環境の中で、興味を持ったものに思い切って手を伸ばしてみたこともあれば、やってみたからこそ「これは自分には合わない」と気付いたこともあります。
すべてを最後までやり切れたわけではありませんが、その一つ一つの経験が無駄だったとは思っていません。
むしろうまくいかなかった経験や、途中でやめる決断をした経験こそが、自分自身と向き合うきっかけになりました。
皆さんの中には器用に何でもこなせる人もいれば、遠回りをしながら進む人もいると思います。
考えすぎるよりも、まず動いてみて、失敗して、それでもまた挑戦して。自分自身の性格にこれまでは自信が持てないこともありましたが、最近は「それも悪くないのかもしれない」と思えるようになりました。
私たちは今日、二十歳の集いという大きな節目を迎えます。
これから先、進学や就活、人間関係など、正解が一つではない選択を迫られる場面が今まで以上に増えていくと思います。周りと比べて焦ったり、不安になったりすることもあると思います。
それぞれが違う経験を重ね、違う道を歩みながらも、同じ時代を生きる仲間としてこれからも歩んでいけたら嬉しいです。
自分らしさを大切にしながら、一歩ずつ前へ進んでいきましょう。

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2946-8594

FAX:04-2954-8671

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