東三ツ木薬師堂

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更新日:2011年3月1日

東三ツ木薬師堂

薬師如来縁起によれば、本尊は東方薬師と称し、行基作一刀三礼の尊像となっていますが、像の底部に応永6年(1399)9月18日□□作者常仁の銘があるので狭山としては珍しい像です。
寄木造りの玉眼で、右手は胸の高さですべての人びとの心から恐怖の心を取り除いて救済することを示す施無印をとり、左手も胸まで上げて薬壷を持つ坐像で、衲衣(のうえ)(ふだ)はゆるやかであり彫りがおだやかです。
少し背をまるめた撫で肩でうつむきかげんのお顔は慈悲に満ちたやさしい顔立ちをしています。
東三ツ木の開祖三木和泉守国重の守護仏として、北条・新田の両氏の戦いで国重出陣の際、村落一帯を焼き払ったため自宅の家財一切を焼失しました。それでも国重は、ひたすら薬師如来のことを案じ、戦が終わると自宅の焼け跡に横になりました。
うとうととしていると、『国重、汝は如来を案じているが心配するな、汝の家より六十間ほど隔てる午未の方に当る草原の中に鎮座しているぞ。安心せよ』と夢の中でお告げが・・・
国重は疲れもかえりみず、すぐさま草原へ向かい、あたり一帯をくまなく探してみると、お告げのとおり薬師如来が鎮座していました。国重は如来にふたたび自宅に戻ってくれるようお願いしました。
その夜、『汝の家に戻れば、汝一家の守護のみになるが、ここにおれば、万民を守護することができる故、汝の家には戻らず』とお告げが・・・
国重は自宅に戻すことをあきらめ、鎮座していた場所にお堂を建立しました。
元弘三年(1333年)九月十二日 薬師堂 空念謹書

空念述薬師堂縁起より
8月上旬に行われる夏祭りでは、夕方から堀上囃子が上演されます。

  • 本尊:薬師如来(やくしにょらい)

場所

所在地
狭山市大字東三ツ木8番地付近
東三ツ木薬師堂

関連項目

指定文化財

歳時記

お囃子

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2953-1111

FAX:04-2954-8671

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