入曽ゆかりの文化人

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更新日:2022年4月22日

詩人・吉野弘

1972年秋、狭山市北入曽に転入。詩人としての全盛期である35年間を狭山で過ごした。今は狭山市入間川の慈眼寺に眠る。そんな偉大な詩人が狭山にいたことを市民の皆さんに伝えたいという思いで市民ボランティアが集まり、「吉野弘遺作展」の開催(2016年11月)につながった。市民ボランティアは「さやま吉野弘の会」として意欲的に活動を続け、中央公民館と共催で、毎年、吉野弘展と講演会を開催している。
こうした取り組みにより、市民から常設展示への多くの要望をいただき、入曽地域交流センターの開所に合わせて、ご遺族と「さやま吉野弘の会」の皆さまの多大なるお力添えにより、展示コーナーを設置する運びとなった。
吉野弘氏の経歴などはこちら(PDF:229KB)

児童文学作家・さねとうあきら

51歳の時に狭山市水野に転入し、81歳で逝去されるまでの30年間、狭山市を拠点に創作民話や児童文学の分野で活躍した文化人であり、特に氏が作詞した「狭山ふるさと音頭」は、狭山市民芸術祭や桜まつり(いずれも狭山市文化団体連合会主催)などで市民に楽しく歌い踊られ続けている。ご遺族のご厚意により常設展示が実現した。
さねとうあきら氏の経歴などはこちら(PDF:402KB)

童絵作家・池原昭治

結婚を機に狭山市水野に転入。1972年から1978年まで「広報さやま」に絵と文を連載したものが1冊の本「狭山の絵本」となる。その後「広報さやま」には「残しておきたい狭山の風景」を2020年7月まで連載。現在は「さやまの昔ばなし」を連載中。「狭山市史」民俗編の中では、狭山民話を担当する。また、入曽公民館主催の狭山を知る学習会に参加し、1974年昭和版「狭山市郷土かるた」の出版にかかわった。現在も令和版「狭山市郷土かるた」の絵札制作に取り組んでいる。ご本人のご厚意により常設展示が実現した。
池原昭治氏の経歴などはこちら(PDF:474KB)

書家・牛窪梧十

結婚を期に1970年から狭山市水野に住み、埼玉書道三十人展・埼玉書道展に出品し、書道教室も開いている。2019日展で文部科学大臣賞を受賞した。入曽地域交流センター2階ホール柱に飾られた書「永受嘉福」は、いつまでもよい幸せを授かるという意味である。ご本人のご厚意により常設展示が実現した。2021年度には恩賜賞・日本芸術院賞を受賞し、いよいよ日本を代表する書家となった。
牛窪梧十氏の経歴などはこちら(PDF:277KB)

このページに関するお問い合わせは
市民部 自治文化課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2937-5749

FAX:04-2954-6262

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