庚申塔

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更新日:2017年11月24日

  1. 左の庚申塔は、寛文9年(1669)11月に建てられたものです。山形の上部から中央にかけて「奉供養庚申待結集□」とあり、その下に三猿が刻まれています。
    造立者は僧籍と思われる仏心坊(ぶっしんぼう)をはじめ、中世の土豪層と考えられる小沢平左衛門尉(おざわへいざえもんのじょう)ほか10人の名前が彫られています。
    寸法:高さ105センチメートル・幅36.5センチメートル・台座高さ19センチメートル・台座幅60センチメートル
  2. 中央の庚申塔は、延宝5年(1677)2月に造立されたものです。前者と同様に三猿を刻みますが、その違いは造立者が田中仁左衛門・大野甚右衛門など、「尉」のつかない一般的な名前になっている点にあります。
    このことは、単に造立者の名前が変わったというだけでなく、江戸幕府が中世の土豪的色彩の強い農民を駆逐し、幕藩体制の基礎を確立したことを物語っています。
    寸法:高さ82センチメートル・幅32センチメートル・台座高さ9センチメートル・台座幅36センチメートル
  3. 右の庚申塔は、安永10年(1781)4月に造立されたものです。大きな自然石に青面金剛を表す種子(しゅじ)の「ウン」を刻み、その下に「庚申碑」の文字を彫り込んだこの石塔は、市内でもっとも古い文字塔です。
    寸法:高さ139センチメートル・幅64センチメートル・台座高さ36センチメートル・台座幅95センチメートル

場所

所在地
狭山市大字堀兼2221番地
堀兼神社

関連項目

社寺

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2953-1111

FAX:04-2954-8671

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