その他の石仏

このページの情報をツイッターでシェアします

このページの情報をフェイスブックでシェアします

このページの情報をラインでシェアします

更新日:2011年3月1日

道しるべ

現代の道しるべは、単に行き先を示す「物」でしかありませんが、江戸時代のそれは神や仏としての性格を持っていました。そのことは、道しるべの多くに地蔵菩薩(じぞうぼさつ)馬頭観音(ばとうかんのん)などが刻まれているのをみればわかります。
道しるべは本来、見ず知らずの旅人が、迷うことなく目的地へ到着できるようにとの配慮から建てられたものです。それでは、自分たちの利益に無関係な道しるべを、なぜ村人は建てたのでしょうか。
私たちは、社会の中で互いに支えあって生きています。1人の人間がこの世を生きるには、今も昔も目にみえない多くの人々の力添えがあってのことですが、当時はこれに加えて、神仏の加護(かご)が人の人生を大きく左右すると考えられていました。
決して楽な暮らし向きでなかった当時の農民が、大切な金銭を浄財(じょうざい)として出し合ってまで道しるべを建てたのは、それが「人の道に(かな)う」と考えていたためと思われます。

その他

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2953-1111

FAX:04-2954-8671

この情報は役に立ちましたか?

お寄せいただいた評価はサイト運営の参考といたします。