令和5年度狭山市二十歳の集いにおける、市長式辞を掲載しています。
市長式辞
本日、ここに令和5年度狭山市二十歳の集いを挙行するにあたり、式辞を申し上げます。
まず、はじめに1月1日に発生した石川県能登半島地震において、町全体が壊滅的な被害を受け、多くの方がお亡くなりになりました。ここに謹んで哀悼の意を表すると同時に、先の見えない避難生活を強いられている方々に心からのお見舞いを申し上げたいと思います。
新たに二十歳を迎える皆さんの中にも、深い悲しみを抱きながら出席をしている方もいるかと思います。1分1秒でも早い救出活動と復旧復興を皆さんとともに祈り、市としても最大限の支援と協力を行っていきたいと思います。
さて、二十歳を迎えた皆さん、本日は誠におめでとうございます。
そして、今日まで愛情をこめて育ててこられましたご両親をはじめ、ご家族の皆様、そして熱心にご指導くださいました諸先生方に対しましても、お慶びを申し上げたいと存じます。
令和6年はコロナ禍を乗り越え、そして狭山市は市制施行70周年という節目を迎えます。
素晴らしい一年のスタートになると期待しておりましたが、波乱の幕開けとなりました。
冒頭申し上げたように、この世の中には神様はいないのかと思うような無慈悲な自然災害が私たちを襲います。目をそむけたくなるような国際紛争は一向に収まる様子がありません。また、受け入れがたい事故や現実も後を絶ちません。
皆さんがこれから歩む日常の中には、きっとこのような出来事があふれていることでしょう。
しかしながら、私はあえて皆さんに言いたい。こんな時代だからこそ、私たちは「笑顔で行こう」と。
笑顔で行こう。つらい現実を受け止める余裕ができるから。
笑顔で行こう。どんな時でもポジティブな気持ちが湧いてくるから。
笑顔で行こう。本当の自分の力を出せる気がするから。
笑顔で行こう。悲しみに暮れる人さえも笑顔にできるから。
笑顔で行こう。笑顔こそが自分にとって一番最高の顔だから。
皆さんがこの世に生まれてきた時、はじめて見せた表情は泣き顔だったはずです。一方、生まれたばかりの皆さんを見守るご家族は満面の笑顔だったはずです。つまり、ここにいる皆さんは一人残らず私たちにとって希望そのものなのです。
若い皆さんが自分の限界に挑戦すること、大好きな分野を広げていくこと、何度失敗してもあきらめないこと、そのすべてが社会全体の大きな力になります。
だからこそ、笑顔で前に進んでもらいたいと思います。ただし、こんなこともあるでしょう。
今まで誰もやったことがないこと、無謀とも思える挑戦をするとき、常識にとらわれることなく本当に自分がやりたいことや夢を誰かに語るとき、笑顔で受け入れられるのではなく、きっと笑われることもあると思います。
小学生の時、毎日朝から練習していたイチローは「あいつは将来プロ野球選手にでもなるつもりか」と笑われていましたが、その後、海を渡り、メジャーリーグで三千本以上のヒットを放ち、来年にはアメリカ野球の殿堂入りが確実視されています。
海賊王に俺はなると宣言した、モンキー・D・ルフィ。その夢を語った時、友人さえも笑っていましたが、底抜けの明るさをもって信頼できる仲間を獲得し、今もなお旅を続けています。
そしてもう一人、田舎の下級武士にすぎなかったこの青年は、古い慣習で縛られていた狭い故郷を飛び出したことによって多くの人と新しい考え方に触れる機会を得ました。そして、日本の夜明けを信じて、敵対しあっていた勢力さえも結び付け、近代日本の原点を作ることに貢献しました。
名前に今年の干支である、辰、龍の一文字が入っているこの青年、坂本龍馬はこう言っています。
「世の人は、我を何とも言わば言え。我なす事は我のみぞ知る。」
このように、後世偉人と言われるような人でも最初は笑われることからスタートしたのです。もし、皆さんの挑戦が誰かから笑われたとしたら、それはもう既に成功の第一歩を歩みだしている証拠と言ってよいでしょう。皆さんはその胸に大きな夢を抱き、直感を信じて進めばいいのです。
だからみんなで笑顔で行こう。
二十歳になった皆さんの挑戦によって、北陸の一日も早い復興と前向きで豊かな社会が訪れるよう、限りない前途を心からお祈りし、私からのお祝いの言葉といたします。
令和6年1月7日
狭山市長 小谷野剛
このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課
狭山市入間川1丁目23番5号
電話:04-2946-8594
FAX:04-2954-8671
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