堀兼神社(富士浅間社)本殿厨子 附 棟札一枚

このページの情報をツイッターでシェアします

このページの情報をフェイスブックでシェアします

このページの情報をラインでシェアします

更新日:2018年6月12日

本殿厨子

堀兼神社が建つ地は、古の井戸「ほりかね井」の所在地の一つと伝えられていましたが、江戸時代にはその井戸はほとんど埋まっており、水も湧いていない状態でした。これを知った川越町奉行の長谷川源右衛門は、慶安3年(1650)に新田として開発された堀金(兼)村の誕生に合わせ、井戸を掘り返して再び水が湧くようにし、さらに自ら願主(がんしゅ)となって浅間宮を建立しました。
それから28年後の延宝6年(1678)、損傷が進んだ浅間宮は川越城内三芳山廣福寺(こうふくじ)の僧・憲海(けんかい)と地元の人々により、新たに造り直されました。その時に本殿に収められたのが現在の厨子(ずし)で、再興時の棟札(むなふだ)に記されていた「延寶六年」の墨書(ぼくしょ)からその事実が判明しました。
本殿厨子は木造、黒漆塗りで仕上げられており、高さ186.8センチメートル、奥行き109.5センチメートル、肩幅116.8センチメートル、一間社入母屋(いりもや)造り、唐破風(からはふ)向拝(こうはい)が付いています。屋根は一面一枚の板で造られているものの、丸瓦を模した彫刻等で瓦葺屋根風に見せるほか、平行垂木様の意匠も備えています。左右の扉と隅柱の間には、向かって右に昇り龍、左に降り龍、唐破風の梁の上部には鳳凰(ほうおう)が彫られています。また、木鼻には正面に獅子、側面手前に(ばく)、奥に象の精巧な彫刻があります。これらの彫刻は全面が金箔押で、部分的に残る顔料から見て、建立当時は鮮やかな色調であったと考えられます。

  • 狭山市指定文化財〔有形文化財・工芸品〕
  • 指定日:平成29年(2017年)2月1日

場所

堀兼神社
狭山市堀兼2220番地

関連項目

社寺

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2946-8594

FAX:04-2954-8671

この情報は役に立ちましたか?

お寄せいただいた評価はサイト運営の参考といたします。