影隠地蔵

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更新日:2018年3月6日

影隠地蔵

影隠地蔵は、入間川に架かる新富士見橋を渡って1キロメートルほど先の奥州道(おうしゅうどう)交差点に面して立っています。
この地蔵が「影隠地蔵」と呼ばれるのは、源義仲(みなもとのよしなか)の嫡男で頼朝(よりとも)の娘婿となった清水冠者義高(しみずのかじゃよしたか)が、実父の死をきっかけに頼朝から追われる身となったとき、難を避ける目的で一時的に地蔵の背後にその姿を隠したためといわれています。
現在は石の地蔵で柏原よりに立っていますが、かつては木像でしかも広瀬側に地蔵堂があり、その中に安置されていました。
石の地蔵になったのは明治7年(1874)のことです。その理由ははっきりしませんが、明治政府がとった仏教の抑圧・排除運動である排仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、木像の地蔵が処分されたためと考えられています。

  • 狭山市指定文化財〔記念物・史跡〕
  • 指定日:昭和52年(1977)9月1日

場所

所在地
狭山市柏原204番地の1

関連項目

指定文化財

民話・伝承

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2946-8594

FAX:04-2954-8671

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