西方囃子

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更新日:2026年10月21日

由来等

奥富の西方囃子は、正確な由来は不明ですが、江戸神田囃子の流れをくむ神田徳丸の流儀を持ち、江戸時代に入曽村の入曽囃子から伝わったと言われています。
明治から大正にかけては、川越まつりで久保町の山車に乗って囃子を奉納しており、明治3年には西方囃子の山車を建造し、戦前戦後を通じて入間川の天満宮、不動尊の祭りに山車とともに参加し、隣村の青柳、加佐志の地蔵様、入間郡越生の祭りなどにも参加していました。(山車は老朽化等の理由から平成23年(2011年)に破棄されています)
昭和26年ごろには後継者が不足し、活動が一時絶えていましたが、昭和51年に西方囃子保存会が結成され、25年ぶりに復活し、現在まで活動が続けられています。例年、奥富神社や梅宮神社、八雲神社の祭礼等でお囃子が奉納されています。

  • 狭山市指定文化財〔無形民俗文化財〕
  • 指定日:平成15(2003)年11月4日
  • 伝承地 狭山市奥富地区

曲目・構成

曲目は、仁羽(にんば)、聖天(しょうでん)、四丁目(しちょうめ)など21曲あり、囃子の構成は、小太鼓(つけ)2、大太鼓(おおかん)1、鉦(かね)、笛、舞から成っています。

関連項目

社寺

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2946-8594

FAX:04-2954-8671

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