
由来等
奥富の西方囃子は、正確な由来は不明ですが、江戸神田囃子の流れをくむ神田徳丸の流儀を持ち、江戸時代に入曽村の入曽囃子から伝わったと言われています。
明治から大正にかけては、川越まつりで久保町の山車に乗って囃子を奉納しており、明治3年には西方囃子の山車を建造し、戦前戦後を通じて入間川の天満宮、不動尊の祭りに山車とともに参加し、隣村の青柳、加佐志の地蔵様、入間郡越生の祭りなどにも参加していました。(山車は老朽化等の理由から平成23年(2011年)に破棄されています)
昭和26年ごろには後継者が不足し、活動が一時絶えていましたが、昭和51年に西方囃子保存会が結成され、25年ぶりに復活し、現在まで活動が続けられています。例年、奥富神社や梅宮神社、八雲神社の祭礼等でお囃子が奉納されています。
- 狭山市指定文化財〔無形民俗文化財〕
- 指定日:平成15(2003)年11月4日
- 伝承地 狭山市奥富地区
曲目・構成
曲目は、仁羽、聖天、四丁目など21曲あり、囃子の構成は、小太鼓2、大太鼓1、鉦、笛、舞から成っています。
関連項目
社寺
このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課
狭山市入間川1丁目23番5号
電話:04-2946-8594
FAX:04-2954-8671
この情報は役に立ちましたか?
お寄せいただいた評価はサイト運営の参考といたします。

