下水野の地蔵尊

このページの情報をツイッターでシェアします

このページの情報をフェイスブックでシェアします

このページの情報をラインでシェアします

更新日:2013年2月1日

下水野の地蔵尊

この地蔵尊は石造で、貞享2年(1685)10月13日に造立されたもので、当時祀られていた場所にちなんで「下水野の地蔵尊」の名称となりました。
像容は右手に錫杖、左手に宝珠を持った舟形光背の浮彫立像で、全長(光背から台座まで)は125センチメートルです。光背には水野村の当時の名主だった牛久保牛右衛門忠元をはじめ、開拓に関わりのあった48名の名前が刻まれています。
水野村は川越藩の新田開発によって拓かれた新田村で、寛文6年(1666)に牛久保金左衛門寛忠が息子の忠元とともにこの事業にあたりました。
この地蔵尊は、水野村の新田開発が始まってから20年後に、入植した人の中でこれまでに亡くなった人を供養するとともに、自分たちの現世と来世の安楽(二世安楽)などを願って、忠元を中心に造られたと考えられます。
現在でも、水野地区は、新田開発当時の開拓地割の形態をとどめ、地蔵尊に名前が刻まれている人たちの子孫が、同じ地域で農業に従事して開拓地を守っています。また、数々の伝承から「化け地蔵」や「夜泣き地蔵」とも呼ばれており、この地蔵尊自体が水野の開拓の歴史や、開拓後の水野の人々の信仰や伝承を伝えています。

  • 狭山市指定文化財〔記念物・史跡〕
  • 指定日:平成25年2月1日

場所

所在地
狭山市大字南入曽63番地の1先

関連項目

狭山の絵本

このページに関するお問い合わせは
生涯学習部 社会教育課

狭山市入間川1丁目23番5号

電話:04-2946-8594

FAX:04-2954-8671

この情報は役に立ちましたか?

お寄せいただいた評価はサイト運営の参考といたします。