上広瀬にある
発掘された住居跡は正方形かそれに近いもので、地面を掘り下げて床とし、その周囲には溝を掘って板を埋めて壁としました。
住居の大きさは縦横とも4メートル前後が多く、なかには7メートルを超えるものもありました。住居が築かれた年代は、8世紀台がもっとも多くて25軒、8~9世紀にかけてが1軒、9世紀台が11軒、10世紀台が2軒、不明が9軒です。
出土品は土器がもっとも多く、このほかに鉄製品・銅製品、炭化したコメ・ヒエがあります。土器は
土師器は弥生時代以来の製法による素焼きの土器で、保水性はありませんが熱をよく通し、
須恵器は大陸から古墳時代に伝わった土器で、
灰釉陶器は植物灰を釉薬として使ったもので、やはり登窯で焼きました。釉薬の溶ける温度が高温のため、須恵器より硬い器です。緑釉陶器は鉛を釉薬に使ったもので、全体が緑色をしています。この釉薬は灰釉に比べて低温で溶けるため、やや軟質ですが、その色合いから貴重品として扱われたと考えられています。鉄製品は
- 狭山市指定文化財〔記念物・史跡〕
- 指定日:昭和51年(1976)年4月1日
場所
所在地
狭山市広瀬台1丁目22番
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生涯学習部 社会教育課
狭山市入間川1丁目23番5号
電話:04-2953-1111
FAX:04-2954-8671
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